自分を貫きながら
情報を発信し続ける
「カッコいい百姓」

カッコいい百姓に惹かれる

宮村さんを知るきっかけになったのは、『みやむーのにんにく』というホームページだった。

『みやむー』とは宮村さんの愛称。『にんにく』とは宮村さんがニンニク農家である事。

『カッコいい百姓』・・ホームページの中のその言葉に惹きつけられた。

『みやむーを見て、農家になりたい!そう言ってくれる人が出て来るようになる為にやっています!』ホームページにあるその文章と、『カッコいい百姓』。その文字を見て、宮村さんに無性に会いたくなったのだ。

青森県三戸郡田子町。『田子にんにく』は有名な特産品でもあり、田子町をあげてにんにく産業を盛り上げている。

「どうも、ちょっと待って下さいね!」

にんにくの作業中であった宮村さんは、私の為にすぐ手を止めてくれた。

宮村さんの作業場には、にんにくがたくさん入ったカゴが積まれていたのだ。

宮村さんの物腰柔らかく、丁寧に、分かりやすく話をしてくれた。

カッコいい百姓という言葉が頭をよぎった。

カッコいい百姓は。。運命

「若い時はやっぱり、都会に憧れがあり、行きましたけど、お金ありきの場所ですね(笑)」

宮村さんは、高校卒業後、都会暮らしにあこがれ、東京で暮らすようになる。仕事は建設業や飲食店を転々としていたそうだ。

そんな生活を送る中、とある出来事で、ある想いを抱く。

「東京の飲食店で働いている時に、青森県産のにんにくを仕入れたと聞いて、嬉しくなったんです。でもその理由が安いから。自分のじいちゃんが農家で一生懸命働いている姿を見ていたから、その感覚に違和感を持っていましたね」

実家暮らしでは、常に食卓に置かれていたにんにく。『本物のにんにく』を食べていた。

宮村さんの実家ではそれが当たり前であり、当たり前にあることに価値を気付いていなかった。

「田舎にある『当たり前』が東京にいると、当たり前ではなくなる。当然の事ですけど。。。
今は、夜空の星がきれいだなーと眺めてしまう」

都会に出て気付いた、今まで当たり前にあった価値。

その価値に対して違和感ともどかしさがあったのだ。

「自分が感じる違和感とか、疑問を解消したいと思っていたのはありましたね、特に農業に対しては強く思っていました」

今までの常識を変えたい、世の中を変えていきたい、そんな想いを持ち始めた頃だったようだ。

そのような頃、宮村さんの周辺で状況が変わり始めてくる。

祖父と、祖母が立て続けに亡くなり、宮村さんの父が末期がんに侵された。

不幸続きの母が心配になっていた宮村さんに、お兄さんから「農業をやってみたらどうだ」と提案され、その頃、なんとなく農家を考え始めた。

その後、宮村さんの父が亡くなり、「田子で農業をやって死ぬ」と決意し、帰って来たのだ。

「もし親父が元気だったら、一生帰って来なかったかもしれないですね」

様々な要因と、タイミングで宮村さんは、運命的に農家となる。

さらに、祖父が生前使っていた農機具、機材等が大切に残されていた。

それだけではない。祖父は地域の人達に、信頼という宝物を残してくれていたのだ。

「じいちゃんに世話になったと、周りの人からよく言われます。そしてその人達は、自分によくしてくれます。じいちゃんが残してくれたものは、農家を始めるうえで、本当にありがたいと思いましたね」

宮村さんは、有難い環境だと祖父に感謝した。

宮村さんが農家になるお膳立てを、祖父がしてくれていたようだ。

明日何をやればいいのか分からない

「農業をやり始めて7年目になりますが、やっと1年間の流れが読めるようになりました。
それでも、天候に左右されたりするので、まだまだですけどね(笑)」

宮村さんは、祖父が営んでいた畑を引き継ぎ、「農家」へ転身する。

「とにかく最初は手探り状態でした。直接教えてくれる人もいなかったので。トラクターの動かし方も分からなくて、ユーチューブを見て参考にしたりしていました(笑)。明日何をすればいいのか分からなかったですね、そんな状態でしたよ(笑)」

一つの作業を進める事でも、常に手探り状態だったそうだ。

「晴れれば農家は休むもんじゃない!そう言われてましたから、当時は休みなしで作業していましたよ、うちの奥さんもそんな自分に、畑が気になるなら行っていいよって言ってくれてました」

就農当初は、不安とプレッシャーとの戦いの日々。

「小さい頃から、農家にはなるもんじゃないって言われていましたからね、その言葉の意味は十分に理解しましたね」

その苦労から、農家であることの大変さを再認識し、宮村さんの「農業」に対しての想いはますます大きくなっていった。

そして、宮村さんは問題を一つ一つ解決していき、独自性を築き上げていったのだった。

自分を売る、自分で売る

「農業をやり始めの頃は、パソコンを持っていませんでした、インターネットの知識はほぼゼロ。本当に何も知らない状態で始めましたから、とても苦労しましたね」

宮村さんは現在、自社のホームページでのネット販売を主としている。

それには、大きな理由があった。

「生産者が自分で値段を決められないって、農家になる前からおかしいなと思っていました、だから、自分が農家になったら、売りたい値段で売ろうと決めていました」

色、形、大きさ、規格にとらわれない、生産過程も含めた、自分だけの価値を届けたいと、宮村さんは強く思っていた。

「自分が作ったにんにくを欲しいと言ってくれるお客さんに、やっぱり売りたいじゃないですか」

農家の本質を追及した、宮村さんの信念。

宮村さんの芯の強さを感じると同時に、宮村さん自身が、一番何を大事にしているのかが、伺える言葉だった。

「みやむーのにんにく」のホームページも、最初は全て自分で作成し、ネット販売を始めたのだ。

「なんとか売らないといけないと思っていましたので、他のにんにく農家さんがやらない、自分にしか出来ない事をやろうと考えていました。そのために、お金と時間をかける覚悟をしましたね」

農作業をしながら、夜通しパソコンへ向かう日々が続き、身体も頭もフル活動させていた。

「最初ホームページを作れば、すぐ売れると思ったんですけどね(笑)」

しかし、ホームページ立ち上げ当初、簡単には売れなかったそうだ。

「お客さんと深く繋がっていないと、ネットでも売れないと気付いて、イベントなどに足を運ぶようになりました。ちゃんとお客さんと繋がりを持つようになっていきましたね、それからだんだんとネットでも売れるようになってきました」

宮村さんは、自分自身を売ることへの大事さを実感し、その為の行動をしていた。

「繋がれる人を一人ずつ、増やしていきたいです」

自分を売る、自分で売る為に、宮村さんは農業に対して、お客さんに対して、真摯に向き合っていったのだ。

宮村さんの誠実さは、きちんと伝わってくる。

「みやむー」を発信し続ける

「農家のことを発信する人がいないと、当然受け取る人がいないじゃないですか、だから何でも情報は発信して、農家のこと、農業のことを知ってもらいたいです」

宮村さんは、自分自身のことだけではなく、農家、農業について知ってほしいという想いから、情報発信も大事な仕事だと思い、日々「発信」をしつづける。

「買ってくれるお客さんも、誰が作っていて、それを作っている人がどんな人か、買って食べる人が理解していると、味が変わると思っていますから」

「食べる」という価値基準も変える発想である。

当たり前のことのように思えるが、その食べ物の裏側にある、作っている人の姿が目に浮かぶ。食べることによって、その体験を与えてくれる。

買ってくれるお客さんの視点に立つからこそ、宮村さんにはこのような考え方が浮かんでくるのだ。

地元と農業が好き、だから「みやむー」になる

「結局、地元が好きなんですよ、農業も好きだし」

宮村さんは自分がきっかけで、農業や、農家、住んでいる町に興味を持ってもらいたいと考えている。

自分にできる事は何か・・・、今自分にできる事・・・その答えだ。

「農家を憧れの職業にしたいです、自分がその先陣を切ってカッコいい百姓をやっていけたらいいと思っています」

宮村さんの志は大きく、現実ときちんと向き合い、挑戦していく。

そんな宮村さんは、すでに「かっこいい百姓」の姿である。

「農業を憧れの職業にしたい」

日本の農業が抱える根っこの部分を、宮村さんは考える。

宮村さんは、自分の感性を信じ、常識に捉われず、視点を変えながら、日々自分を成長させ、それを発信していく。

「まだまだ勉強不足なので、農作業中ユーチューブを聞きながら作業してますよ(笑)」

宮村さんの「かっこいい百姓」を超えた、未来像が楽しみで仕方がない。

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